幸福について考えてみる。


あなたは自分自身が幸福であると自信を持って言えるだろうか?
多くの人は幸福では無いが不幸でもないと答えるのではないだろうか。

それは自身の幸福度を他人と比較しているから出ている答えかもしれない。

僕は自身の幸福は自分自身で見出さねばならないと思っている。

それはなぜか?

理由は至極単純で、自分が何を以って幸せかと感ずるかは自分にしか分からないからだ。

言い換えれば自分の解釈次第でいくらでも
自身が幸福なのか、あるいはそうでないかを決められる事に他ならない。

自分の心は自分の中にしか無いのだから。
なので僕は自分は幸福であると、胸を張って言える。

もし自分が不幸だと感じているのならば、
自身の幸福の定義を見つめなおす必要がある。

自分はこう生きなければならない、という固定観念を一度取り払うべきだ。

自分は何の為に生まれたのだろう?

こう考える人達がいる。

我々はモノでは無いのだから、何か目的があって作られた訳ではない。
ただ単に自然の摂理に則って生まれいずるものでしかないのだ。

そう、人間はそれ程高尚な生物ではない。
ならば原点回帰し、もっと野性的に自身の幸福を求めてもいいと僕は思う。

勿論、自身の幸福よりも他人の幸福を願う人達もいるだろう。
それを否定しようとは思わない、人の為にしか生きられない人も世の中には存在する。

そのような思想の人ならばそう生きる事が自身の為だとは思うのだが
僕自身そうではないし、多くの人も恐らく僕と同じ考えだろう。(そう思いたい)

僕は自分自身を幸福に出来ないような人間が他人を幸福に出来るとは思ってはいない
自分が満ち足りてこそ、初めて他人に優しくできると考えているからだ。

だからこそ、まずは自分自身が幸福になるべきだと思っている。
その為にはもう少しわがままになる事も大事なことだ。

そうして初めて自分自身の求める幸福が自身の中に見出せるだろう。
他人の作り上げた幸福論に自分を当てはめる必要など全く無いのだ。

誰もが認める青い鳥を探すのではない、自分では青く見える鳥を探せばいい。


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